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2008/8/24 京都伏見に行ってきました。

月桂冠大倉記念館
https://www.gekkeikan.co.jp/enjoy/museum/

伏見夢百衆
https://kyoto-fushimi.or.jp/sake/

油長
https://aburacho.jp/

よく諸兄はこんなセリフを目にしたことがあるだろう。

「いつ搾ればいいかきいちょるんだ」
「味…整ってます。そしてキレイ…甘味も消されてる…醪…とても穏やか…
上槽は…明日の朝がいい」
(ビックコミック『蔵人』より)

上槽のタイミングを決めるシーンである。月桂冠のHPを見ていたら、搾りのタイミングがわかる試薬が発売されたという。昔ながらの勘と経験の世界と思っていた酒造にも科学が侵入したようだ。いつか大手の蔵を見学したいと思っていた私は、京都伏見に向かった。

 

伏見は、16世紀末の秀吉による伏見城築城から発展を始め、江戸時代には港として京、大坂を結ぶ水上交通の要衝となった。また、伏流水に恵まれた地には、月桂冠、カッパマークの黄桜、松竹梅など現在でも22蔵が集中する。しかし一般的には寺田屋事件や坂本龍馬がお龍の機転により脱出する寺田屋界隈といった方がよいかもしれない。

 

京都駅から、15分近鉄桃山御陵前駅で下車し、賑やかなアーケード街を行き少し下ると「京都百景」の一つに指定されている地域にでる。今回の目的地月桂冠大倉記念館まで道の両側に町屋が続いている。記念館は、濠川の柳並木のすぐ手前にある。

ここで月桂冠について記しておこう。月桂冠の創業は、1637年(寛永14年)。その後は、防腐剤の入らない瓶詰め酒の発売、コップ付きの瓶で駅売り酒の指定を受けるなどし販路を拡大。また明治44年に開催された第1回全国新酒鑑評会で第1位を得るなど酒質でも輝かしい経歴を持つ。近年では社員による各製造場での酒づくりだけでなく、南部、但馬、広島の3流派の杜氏が個々に指揮をとり酒造を行う6蔵全てで全国金賞を受賞したこともあるという。賛否はあるが融米仕込みを始めたのもこの会社である。
記念館は、明治42年、同じ区画にある大倉家本宅は文政11年、旧本社は大正8年のそれぞれの建築で、鳥羽伏見の戦いのなかで焼け残った建物である。しかし、町並み全体に京の町屋風情を期待する人は少し裏切られる。というのは、ここも名古屋産業技術記念館同様産業遺跡でバスツアーのコースで、記念館のすぐ前はバス駐車場となっている。
入口で入館料を払い入場するといきなり上撰ニューカップ180ccをお土産に手渡された。有料の区画に入り内蔵酒造場に面した中庭に出ると仕込み水の「さかみづ」試飲ができる。

ここで少し脱線すると伏見には街角にいくつかの湧水がある。最も有名なのが「御香宮」の水なのだが、どの湧水も由緒来歴は別として2リットルのペットボトルを何本もぶら下げた人が並んでおり余り風情のある景色ではない。(もっとも飲むだけと言えばすぐに順を譲ってくれる奥ゆかしさ(?)を京都の人は持っている)
伏見では湧水をあちこち試飲したが、残念ながらその違いはわからない。ただどこも柔らかい水であることは確かだ。説明によれば酵母や麹の増殖に必要なカリウムや酵素の生産を促進するカルシウムをバランスよく含んだ中硬水とのこと。解説を読みながら飲むと何となくそんな味がする。

展示施設の中は昔の酒造用具、明治以降の商品の実物作業風景が展示されている。
最後に試飲コーナー。プラムワインを含む3種類を試飲させてくれるが、1970年に販売していた酒を復刻したものが、印象に残った。1970年といえば小生は小学生だが、現在60歳以上の方は通常飲んでいたものである。月桂冠は全体に「甘口」だが、たかだか40年前の酒である。しかし、この酒は現代の酒というより寧ろ例えば北海道男山酒造の元禄時代の製法を再現した「復古酒」に似た濃醇な酒である。短期間にこれだけ人の好みが変化したことに驚く。

最後のショップでは15年貯蔵純米吟醸酒を購入する。実はこれの姉妹品は、8月に出版された『日本の古酒』の中で絶賛されていた。ただこのショップで期待外れだったのは、文献的なものが何もなかったことである。どんなミュージアムショップでも土産品だけでなく図録や美術書などがあるものだ。酒造教本でなくても例えば『伏見の地酒』でもなんでもよい。これが全くないところに「ただ酔っぱらいの相手にしていればよい」という気持が透けて見えるような気がする。

 

さらに伏見の酒を味わいたい。そんな向きには歩いて1,2分の所に伏見夢百衆という旧本社を再利用した洒落た店がある。中に入ると大正時代のカフェーの雰囲気である。ここでは「酒匠セット」という名称で2種類ずつ組み合わせてある酒をぐいのみ一杯ずつ試すことができる。よいところは大吟醸、吟醸に拘らず様々なグレードの酒が試飲できること。悪いところはある程度種類が限られており値段が高めということである。唯、種類が限られているというものの十分小生が倒れるぐらいの種類はあるのだが。

 

次に現在はアメリカに行ったMさんから教えてもらったお店を探しに向かう。あ~苦労した。だって屋号も忘れてしまったのに、だいたい伏見ならこのあたり…という程度で探すのだから。界隈を2回りしてやっと商店街の中ほどにある「油長」を発見した。

 

油長は酒販店が出発の店で店内にカウンタ-席やテーブル席を設えた店である。まず3種類の酒をきき酒セット(780円)で飲み、その後は1つ1つぐいのみ1杯ずつ追加で楽しむことができる。追加は大体200~300円、高いもので400円程度である。メニューは酒のタイプごとに整理してあるが、100種類以上あり一寸面喰ってしまう。注文するとショット売りのワインのような蓋をはずし注いでくれる。

ああ忘れていた。なかなか味のあるオヤジもいる。小生が、「伏見らしい酒を飲みたい」と言うと「伏見らしい酒とは酒造のほとんどを占める普通酒です。特定名称酒以上で言うと地域差より蔵の差の方が大きいです」とのお答。こだわりの店にヒゲのあるマスターがいれば当然の回答である。ここでは都鶴限定大吟醸、東山の魯山人、山本本家の松の翠、Mさんの紹介の蒼空、月桂冠の15年物、神聖の20年物を試す。このお店は聞いていた通り豊富な種類の酒を試すことができる。味のあるマスターもいる。

伏見は、最初に書いたように寺田屋ぐらいしか見るところがなく、京都の観光地の中での人気は高くない。しかし、現在は食への関心の高まりの中で酒を中心にして街づくり推進中というところだ。
今回は発作的な旅であったので、実際に酒造工程を見せる月桂冠の「酒香房」は予約が必要なため見ることができなかった。また、油長では伏見の酒を十分試したとは言いがたく、マスターの話も落ち着いて伺ってみたい。
是非次は、冬街中に仕込みの香が漂うころに再訪したいまちである。

(報告:T)